大判例

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東京地方裁判所 昭和27年(モ)4869号 判決

債権者 田中信造

債務者 村山育人

一、主  文

当裁判所が債権者債務者間の昭和二十六年(ヨ)第二一九四号仮処分申請事件につき昭和二十六年六月二十日なした仮処分決定はこれを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

二、事  実

債権者訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その申請理由及異議理由に対する答弁を次の通り述べた。

東京都中央区日本橋横山町五番地の十七、宅地三十六坪三合(以下本件土地と云う)は元五番地の十二の一部で債権者の四代以前から当時の所有者長谷川治郎兵衛より其中四十二坪二合三勺を賃借し建物を所有していたが、先代田中ナカは昭和十九年八月二日死亡したので債権者が家督相続により建物所有権及その敷地の賃借権を承継していたところ昭和二十年三月十日戦災により右建物は焼失した。終戦後地主長谷川はその所有地を各賃借人に分割譲渡するようになつたので債権者は義兄田中靖造にその交渉を依頼したところ、同人は右依頼に背いて別紙目録<省略>記載の賃借土地(以下本件土地と云う)を債務者に昭和二十二年三月三十一日買受けさし(同年四月十日所有権取得登記)債務者は右田中に賃貸した。

しかし債権者は罹災建物が滅失した当時から引続き本件土地について賃借権を有する者であるから罹災都市借地借家臨時処理法第十条(以下処理法と云う)により本件土地所有権を取得した債務者に対し債権者の賃借権登記がなくとも賃借権を主張することが許されているのである。

よつて債権者は債務者に対し本件土地の賃借権確認及土地引渡の訴を提起したが債務者に於て本件土地所有権を他人に移転し又は賃借権、地上権等設定されるに於ては昭和二十六年七月一日以降は債権者の賃借権は未だ賃借権登記又は登記した建物を所有していないので対抗力を失うに至るを以つてかかる妨害行為を防ぐため仮処分申請したところ当庁昭和二十六年(ヨ)第二一九四号事件として昭和二十六年六月二十日債務者に対し本件土地の処分禁止の仮処分決定がなされた。この決定は至当な決定であるからこれを認可する旨の判決を求める。

債務者の主張事実は否認する。<立証省略>

債務者訴訟代理人は主文第一項記載の決定の取消及申請却下の判決を求め、

申請理由に対する答弁及異議理由を次の通り述べた。

債権者の申請理由の中債権者が家督相続により罹災前の建物及その敷地の賃借権を取得した事実は否認しその余の事実は認める。

債権者主張の罹災前の建物は申請外田中靖造がその所有者田中ナカより昭和十四年頃贈与を受け賃借権も共に取得したものであるから債権者は賃借権者でない。

仮りに債権者に於て賃借権を有するとしても債権者は特約のない限り土地所有者に対し処分禁止を請求する権利はない。

よつて右仮処分決定の取消を求める。<立証省略>

三、理  由

本件土地が元五番地の十二の土地の一部であつて債権者の先代田中ナカが申請外長谷川からその中四十二坪二合三勺を賃借しその土地上に建物を所有していたこと、先代田中は昭和十九年八月二日死亡し債権者が家督相続したこと、右建物は昭和二十年三月十日戦災により焼失したこと、債務者は本件土地を右長谷川より昭和二十二年三月三十一日買受け申請外田中靖造に賃貸していること等については争がない。債務者は本件土地賃借権は申請外田中靖造にある旨主張しているがこれを推認するに足る疏明は提出しない。そうすると先代田中ナカが本件土地の賃借権を有していたが同人は昭和十九年八月二日死亡し債権者がその家督相続をしたことは争がないのであるから他に何等認むる事情なき限り債権者が家督相続により本件土地の賃借権を有するものと認めるを相当とする。

そして右賃借土地上の建物が戦災により焼失したことについては争がないのであるから債権者は罹災建物の敷地について処理法第十条の賃借権を有するのである。そしてこの賃借権者はその土地について昭和二十一年七月一日から五年以内に権利を取得した者に対し賃借権の登記及建物所有権登記がなく共その賃借権を主張することを許されているのである。(五年間だけ賃借権者に賃借権の主張を許したのでないことは法文上明らかである)従つてこの期間内に土地所有権を取得した債務者は債権者の賃借権を承認しなければならないのであるから本件土地を債権者に引渡し使用収益せしめる義務があるのである。即ち申請外田中靖造も債権者に本件土地を明渡す義務があると共に債務者も右田中を明渡さしめて債権者に本件土地を引渡さねばならないのである。

そして処理法第十条の賃借権者は昭和二十六年六月三十日迄にその土地について権利を取得した者に対してはその賃借権の登記及賃借地上の建物の所有登記がなくても賃借権の主張を許されているのであるがそれ以後にその土地上の権利を取得した者に対しては賃借権を主張できない規定になつている。処理法は五年内には凡て賃貸借関係は平常に復することを予想していたであろうが、本件の如く土地所有者が他人に土地を賃貸している場合は賃借権者に於て折角法的手段により権利の回復の方法を講じていても未だ解決に至らないでいる案件の多きことは当裁判所に顕著な事実である。而してこのような場合若し土地所有者に於て社会的に是認されるような理由なく唯賃借権者の賃借権の主張ができなくするため若は利欲のみのため作為的に土地所有名義の変更若は賃借権地上権等の設定をなされるときは賃借権者は権利取得者との関係に於ては賃借権は消滅するに至るのである。かかる場合法の欠陥なりとして土地所有者の権利侵害を目の前にしながら拱手傍観を強い賃借人には賃貸人に対する損害賠償請求権が発生するから法の保護はそれで足れりとなすことは現在の都市に於ける住宅地事情から考えて社会通念上これを許さないところである。そしてこのような場合賃借権者の権利消滅を来さないよう賃貸人の土地に対する処分を禁止し以つて賃借人の権利を保全し賃貸人をして信義に基き賃貸借物件の引渡義務を履行せしめるようにすることこそ法律の目的に添うものと謂わなければならない。即ち斯る場合に賃借権者が賃貸人の権利侵害行為を防ぐため仮処分により仮りに賃借権者に賃貸人の土地に対する処分を禁止する地位を与える必要が十二分にあるものと思考する。

ところで本件について検討するに債務者は本件土地を買受け申請外田中に賃貸した(この点争がない)ので債権者は右田中を被告として賃借権に基いて賃借土地について建物収去土地明渡の訴を昭和二十三年当庁に提起し当庁昭和二十三年(ワ)第四四〇八号事件として審理されていたが右訴訟は処理法第十条の期間内に完結するに至らなかつたので賃借権者としての対抗要件を具備することができなかつた事情が甲第五号証により窺知することができ従つて債権者の本件仮処分申請は信義則に反してなされたものでないことが推知できる。

債務者について考えると債務者が本件土地を処分する必要若は処分するについて社会的に是認されるような理由の存在については何等主張も疏明もない。若し債務者に於て処分する理由も必要もないなら右田中と債権者間の訴訟が第一審ではあるが債権者勝訴の判決のあつた今日債権者より異議申立をする必要はなく右訴訟の行方を見守つてその結果に基いて善処するのが至当であろうと思考する。

しかるに前には右田中に賃貸し今ここに異議申立をし、しかも右訴訟も本件訴訟も同一訴訟代理人により争われている点から考えて債務者はその引渡義務を免れ賃借権の消滅を来すような処分行為をなす虞があるのではないかと云うことも推測できないこともない。

従つてかかる場合債権者はこれを防ぐため本件の如き仮処分により仮りの地位を求める権利を有するものと解するを相当と認める。

しかし其の他の仮処分の必要性については疏明十分とは云い得ないがこれは先に債権者をして供せしめた保証を以つてこれを補わしめるを相当と考える。

以上の通りであるから先に債権者の申請を認容してなした前記仮処分決定は相当と認めこれを認可することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山本実一)

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